2010年4月30日金曜日

バージンロード

 昨年の夏、妹から結婚式のことで相談の電話が来た。私の役割は、出席した親族を紹介すること、そして妹とバージンロードを歩くことである。妹の縁談が進んでいた一昨年の3月、父が急死した。妹のショックは大きく、何度も結婚をやめると言い張り、私や母を悩ませた。一周忌が終わり、式の準備を整えている妹の様子を見たとき、ようやく私の役割が重いことに気づかされるようになった。

 結婚式の前日、私は実家に戻りながら、妹から事前に渡された親族の名簿に目を通していた。名前を見ているうちに、親戚はもちろん、家族とも遠い所にいることを実感するようになった。考えてみれば、妹と結婚する男性とも、数えるほどしか会っていない。それに妹とも、実家にいたときから決して仲がいいとは言えなかった。大きなことから細かいことまで、色々な理由でケンカした。そんな私が妹を送り出す立場に立つことに、なにか複雑な思いがした。

 浜辺にある式場は風が強く、底冷えした。スタッフからリハーサルに呼ばれチャペルに入ると、ウェディングドレスを着た妹がいた。ぎこちない。兄妹揃ってあがり症で、スタッフの説明も上の空。覚えているのは、妹が私の左腕をつかみ、右に一歩進んで止まり、左に進んで止まる、を繰り返す。妹に歩幅を合わせながら神父がいる祭壇まで進む。神父から、晴天に恵まれたことを告げられる。しかし、こわばった口の筋肉をなんとか引き上げることしかできなかった。

 妹と新郎が控え室に戻ると、代わって新郎新婦の親族紹介が入る。新郎の父が先に紹介する様子を見ていたせいか、私の紹介は卒がなく終えることができた。ほっと胸をなで下ろす間もなく、スタッフに控え室に入るよう誘導される。一畳ちょっとの狭い部屋に二人がいた。チャペルに続々と客が入る音を聞きながら、妹から、

「リハーサルでいわれていたこと、覚えてる?」

と振られた。

「まあ、右、左と歩くだけは」
「え、覚えてたん?あたし、覚えてない」

会話らしくないやりとりをつづけて間もなく、新郎が呼ばれ先に会場に入る。新郎に一礼したあと、妹を見ようとしたとたん、音楽が鳴る。

「わ、始まった」

と、妹は怯えたような顔を向ける。私は、ぐっとスラックスの裾を握りながら、一度頷いた。ほどなく、控え室の扉が開き、スタッフに誘導させる。演出でたかれたスモークが下半身を覆う。心の中で、聞いてないぞと、意味なく叫んだ。

 扉が、開く。私は正面にいる神父以外、見えない。いや、何となく人がいることはわかるが、見たくない。会場に一礼し、頭の中で右、止まる、左、止まる、を繰り返す。ふと左に目をやると、妹が同級生と手を握りあっていた。余裕を持っているように見えて、うらやましい。おそらく、人生で最も時間をかけて歩いた十数歩。新郎の手に妹の手を預け、私は席に戻った。

 このあとのことは、来賓の対応に追われたからか、ほとんど覚えていない。はっきりしていたのは、二人の誓いのキスに目を向けられなかったことと、披露宴で妹と新郎が父のことを触れたことぐらいだ。やっと終わったという気持ちが勝っていたのかもしれない。

 行事が終わり、私は次の日の予定でそのまま東京に戻る必要があったので、会場から直接空港に向かった。空港のラウンジでメールチェックをしていると、左腕に痛みを感じた。そこは、バージンロードで妹がつかんでいたところだった。あの時、妹は周りに目を向けながら、ぎっちりと腕をつかんでいたのだ。私は、左腕をさすりながら、妹の様子を思い返しつつ、私の鈍感さに笑わざるを得なかった。

2010年3月14日日曜日

書店の流れを楽しもう

今通っている、文章力講座の課題で、新聞記事を読んでコメント文を書くという宿題がありました。アップします。

 アマゾンや楽天ブックスで検索し、大手書店に備えているナビシステムで在庫と棚番を確かめ、中身を眺めて購入する。書店になければ帰宅してネットで発注する。これが、私と本との最近の関係である。ネット通販が普及し、書店の大型化が進むなか、もっとも効率的に目的の本を購入できる方法だと思う。しかし、この買い方を続けていると、コンベアから流れ込まれる本を流し作業で読んでいくような、無機質な関係に陥ってしまう。

 日本経済新聞3月6日夕刊のコーナー『お出かけナビ』に、本の品ぞろえや陳列に工夫をこしらえた書店が取り上げられた。そのうち、松岡正剛氏が主宰する編集工学研究所の縁で、丸善丸の内本店4階の「松丸本舗」を訪ねた。ところが、無機質な関係に慣れきっていた私は、本棚から押し寄せる情報の波に溺れてしまい、10分程度でコーナーを退出してしまった。松岡氏が読破した書籍をそれぞれのテーマにそって再編成したコーナーは、あたかも松岡氏の脳の中を探検するような感覚に陥る。後日、私は棚に書かれている松岡氏のコメントや、常駐している編集工学研究所のスタッフと話しあいながら、ゆっくりとコーナーが醸し出す雰囲気を味わっていった。すると、前回は見つけられなかった、私の未知なる領域を次々と見つけることができた。しばらくして、訪れる前には著者すら知らなかった本を数冊に興味を抱き、購入したのである。

 松丸本舗をはじめ、記事に紹介されたブックファースト新宿店や、京都の恵文社一乗寺店は、スタッフがテーマを設定して書籍を再編成し、それを顧客に提案している点で共通している。これらの店舗を訪ねるとき、彼らの提案を積極的に受け入れるゆとりを持つのが、私がすすめる楽しみ方である。気構える必要はない。彼らが作り上げた流れに乗って、クルージングを楽しむ感覚で書棚を眺めればよい。思わぬ発見ができればそれでよし、もし見つからなかったとしても、次の機会に楽しみを取っておけばよい。間違っても、無機質な関係を続けたまま見回ってはいけない。私のように、目的の本が見つからないことに慌てふためき、情報の波に押し出されるのがオチである。

2010年2月27日土曜日

日本フィギュア代表に喝采を

 4年前のトリノでは、マスコミがさんざんメダル候補と騒ぎ立てながら選手が結果を残せず、見る気が失せていったとき、荒川静香選手の金メダルは私にとってひときわ輝いて見えた。その4年後、男女全員が入賞、そして高橋大輔選手が銅メダル、浅田真央選手が銀メダル、という見事な闘いぶりを見せた。オリンピックという大舞台で、見事な成績を収めたこと、素直におめでとうと称えたい。

 オリンピックでメダルを獲得したのは、長野で伊藤みどりさんが銀メダルが初。4年前の荒川静香さんは実は2人目。「お家芸」というよりも、最近盛り上がったと考えていいのではないか。今回出場した選手は20代前半、しかも10代にも有力選手候補が控えていることを考えれば、もっと盛り上がると思われる。

 ただ気になるのは、日本でスケート場が財政難で減っているということだ。フィギュアスケートが盛り上がるのに、それを支える環境は崩れていく。水を差す事実である。国に限らず、国民一人一人が少しでも支えていこうという気概がなければ、フィギュアの将来も暗くなる。

 銀メダルをもぎ取った浅田選手に笑顔がなかった。結果というより、満足のいく演技ができなかった悔しさがあったそうだ。これくらいの気概があれば、4年後もっと成長すると思う。正直私は、得点で勝敗をつける競技は、のめり込めないのだが、フィギュアについては力不足ながら、応援したいと思う。

2010年2月23日火曜日

お金の使い方

 昨日、無事に確定申告を終えまして。その日の晩に、6年前ビジネススクールで知り合った仲間と飲み会に参加。そこで、鳩山内閣が進めているこども手当の話に。「あれは迷惑なだけ」と中1の娘を持つお母様が口火を切ると、「もらってもうれしくない」と、同世代のお父様が同調。お金をもらうだけでは、何も解決しない。子育てで他に解決すべき問題があるのだから、そこにお金を使って欲しいというのが、話の主旨でした。

 私はこどもを持っていません。ただ、明らかに今の日本では、こどもを成人まで育て上げること自体難しくなっていると実感しています。妊娠しても子供を産む病院が少ない、保育園に通えない、学力維持にお金がかかる、しかも周りの声がうるさい…。この問題を手当で解決できるとは思えません。

 そう考えていくと、昨日納めた税金が本当に役に立っているのか、不信感が募りました。まあ、仕事をもらっている独立行政法人などを見ていて、不信感はおろか、いらだちを覚えているのですが。

 目に見える形で子育てを支援したいのであれば、お金を配るのではなくて、インフラ作りに貢献した親に税を軽減させるというのは、どうでしょうか。地域の親や学生が組んで、共同でこどもを世話するシステムを作り上げれば、そこに関わった人に貢献した分を減税する。国がやるべきことを民間でしたのだから、税でそれを報いる。ズルをしないように管理する必要もありますが、すくなくとも役に立っていない団体に補助金を与えるより、役に立つと思いますけどねえ。

 以上、ぼやきでした。

2010年2月12日金曜日

アンケート

 今月上旬まで担当していた研修のアンケートが届いた。テーマは「中小企業再生のための財務デューデリジェンス研修」。私が関わっている中小企業再生支援協議会で使われる財務デューデリジェンスについて解説したもの。関わっていない方なら「デューデリジェンス」とは何、ということになるだろう。端的に言えば、会社を詳細に調べること、人間ドックあたりイメージしてもらえればいいと思う。

 今期は全国5都市、また、責任者として企画も担当したのでアンケート結果は気になる。しかも、そのうち2カ所は私が講師として関わったところ、緊張する。ここでもったいぶっても仕方がないので、中身を言うと…。

 5カ所とも95%以上の方は、「非常に役に立つ」「役に立つ」と評価していただいた。いい評価だと思っているのはうぬぼれか。しかし、5カ所中最下位(96.7%)を取ったのは私が担当した会場だった。「役に立たない」とした理由(3票)を見ると、

 「会計士、税理士の説明がわからなかった!!」

 と、ご丁寧に「!」をつけていただいた回答が1名。ちなみに「会計士」というのが私だ。

 他方、
 「設備投資概算額の考え方や、細かい所のツメができて良かったと思います。●●さん(私)と○○さんの説明はとても分かりやすかった」

 という回答も。うれしさ半分、「名前を書くところ、身内ではないか?」といぶかしがるところが半分。いずれにいても精進しなければならないということだろう。

2010年2月7日日曜日

タイトル――自己紹介を兼ねて

タイトルの意味は特にない。単純に六甲おろしの「颪(おろし)」と「虱(しらみ)」の字が何となく似ていると感じたからつけた。タイガースファンがこのタイトルを見れば、「おちょくっとんのか」とおしかりを受けるかもしれない。しかし、あくまで勝手に考えただけで、タイガースバッシングをするブログではないので安心して欲しい。

では、なんで六甲をタイトルにつけたのか。それは私が六甲出身だからというだけに過ぎない。生まれて23年間、六甲に生まれ六甲で育った。大学を卒業して東京に移ったものの、人生の大半は六甲の土が身にしみこんでいる。初めてのブログ書き込みは、私の育った六甲で進めたい。

六甲の特徴を言葉で表せと言われれば、私は「中くらい」と表現する。阪神間は阪急が上流、JRが中流、阪神が庶民的と、所得格差や雰囲気で揶揄される。もう少し踏み込めば東西間でも同じような位置づけで捉えられる。阪神間でいえば、六甲の東隣、御影から岡本、芦屋、夙川あたりは「阪神モダニズム」といわれるとおり、高級邸宅街が広がっている。一方、西隣の大石、西灘、春日野道は神戸製鋼や川崎重工が工場を構えていたところから、工場町が形成されている。六甲はいわば、邸宅街と工場町の間、中流の人々が住む町として形成されているといえる。百聞は一見にしかず。マンションや団地のレイアウト、普段買い出しに出るスーパー、小学生の服装、どれをとっても六甲の人たちは中間層を象徴するような生活を送っている。

この土地で育った人たちの視点は、見事に真ん中だ。裕福な暮らしを満喫するわけでもなく、かといってどん底から這い上がろうとする馬力があるわけでもない。良くも悪くも、中流維持、関西流に言えば「がめつくない」。この感覚は、自分自身を振り返りひしひしと思い知らされる。

もっとも、この感覚を嫌がることはすこしもない。変えようとも思わない。これから仕事やプライベートで様々なことに出くわしても、「中くらい」思考で決めていこうと思っている。これからブログで書くこともこの思考、視点で書き進めるつもりだ。このブログに立ち寄った方々は、当たり障りがなくつまらないと思われるかもしれない。その点は、ここで書いたとおり、六甲の気風の持ち主が感じている、「中くらい」の感覚として受け止めていただけると、私自身本望である。